東京事務所の鈴木です。また今年も暑い夏がやってきました。サンゴ礁の状況が気になる季節です。

2016年の夏はグレートバリアリーフの白化現象だけでなく、沖縄の周辺、特に国内最大の石西礁湖(せきせいしょうこ)でも大規模なサンゴの白化現象が深刻化したことが話題になりました。この過去最大級の大規模な白化現象の状況を踏まえ、環境省は今年4月、地球温暖化防止対策の推進などを掲げた「サンゴの大規模白化に関する緊急宣言」をまとめています。

環境省の緊急宣言

環境省が4月23日に採択した「サンゴの大規模白化に関する緊急宣言」では、最悪の場合、2070年代には日本近海からサンゴが消滅するおそれがあると指摘し、高い海水温の要因となる地球温暖の防止をいっそう推進することを訴えています。そのうえで、サンゴの保全に向けて白化現象の把握や予測を行う手法の確立、さらに優先的に保全すべき地域の特定など、産・官・民を挙げて具体的な対策に乗り出す重要性を強調するものとなりました。また、続く31日には、サンゴ礁の生態系保全のための5カ年計画として「サンゴ礁生態系保全行動計画」も策定されています。これによりサンゴ礁の生態系保全に向けた取り組みが促進されること
が期待されます。

参考:環境省 サンゴ礁保全の取り組み 

白化したサンゴは回復できるか

白化が問題になっているのは、造礁サンゴと呼ばれるサンゴ礁を形成するサンゴ[1]です。造礁サンゴは、体内に共生藻(褐虫藻)をすまわせ、共生藻が光合成をおこなって作るエネルギーをもらって生息しています。そして個体が集まって群体を作り、石灰質の骨格を作りながら成長することで、サンゴ礁が形成されていくのです。サンゴ礁が暖かい地域の浅い海に生息しているのは、褐虫藻が光合成をするためには太陽光が届く必要があるからです。しかし、海水温が30℃を超える状態が数週間続くとサンゴから褐虫藻が抜け出してしまい、もともとのサンゴの白い骨格が目立つため白くなる=白化してしまいます。短期間であれば褐虫藻も高水温に耐えているのですが、長くはもちません。褐虫藻が出てしまって白化したサンゴは生きるために必要なエネルギーが得られなくなり、衰弱し、成長あるいは繁殖ができなくなり、最終的には死んでしまうのです。白化しても短い期間であれば、サンゴに褐虫藻が戻り回復することもありますが、長期間にわたると死んでしまいます。

グレートバリアリーフや沖縄のように大規模な白化が起こると、サンゴ礁の景観が戻るには10年以上の歳月を要すると言われています。しかも、それは「サンゴが回復できる環境になっていれば」との条件付きですので、海水温の異常高温が2年続いているグレートバリアリーフで2016年にダメージを受けたサンゴ礁が回復する見込みはゼロという研究者もいます。

グレートバリアリーフの状況は?

昨年、過去最大級の白化現象に見舞われたオーストラリアのグレートバリアリーフでも厳しい状況が続いており、今年もサンゴ礁の白化が観測されています。最近の調査では、サンゴ礁の3分の2が白化してしまっていることが示されており、2年続く高水温の状況下で痛めつけられた生態系が、かつての状態まで回復できるかは困難とする分析結果も出ています。今年3月に英科学誌Natureに発表された報告でも、2016年の白化を生き延びたサンゴが海水温の下がる冬を生き延びて共生藻が戻ったとしても、繁殖能力が低下してしまうため、長期的なダメージは避けられないとしています。

このような状況にありながら、7月にポーランドで開催されたユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は、グレートバリアリーフのサンゴの白化を「深刻な懸念」と指摘しつつも、「危機遺産」には指定しないとの結論を出しました。その上で、オーストラリア政府に2019年12月までに保全状況に関する全体的な報告書をまとめるよう求めています。この結論に対し、グレートバリアリーフのさらされている深刻な脅威を考えれば、ユネスコの危機認識は不足しているとの反論の声も上がっています。実際、2016-2017年と続くグレートバリアリーフの白化現象は1500キロに及んでいるとも言うオーストラリアの科学者もいます。

広がる白化現象

サンゴの白化の拡大はオーストラリアや沖縄の海だけに留まりません。日本でも沖縄以外で白化現象が確認されたのです。長崎県対馬市沖。サンゴ礁というと南の海を思い浮かべる人が多いと思いますが、サンゴは水温18度から30度ぐらいまでの暖かい環境の海域であれば生息できるので、日本近海にも生息しています。ただ、造礁サンゴの生息域は限られており、一定して暖かい海以外ではサンゴ礁が形成されません。長崎県対馬市沖は現在確認されている世界で最も北にあるサンゴ礁です(2012年に認められた)。沖縄のサンゴ礁での大規模白化現象を受け、昨年12月に国立環境研究所などが対馬市沖のサンゴ礁を調査した結果、全体の3割で白化現象が確認されたと7月18日に発表されました。沖縄の周辺海域だけでなく、通常は水温がそれほど高くならない対馬周辺海域でも白化現象が確認されたということは、九州や四国の周辺でも海水温の上昇が起こっており、日本近海のサンゴが壊滅的な被害を受ける恐れがあるということです。

しかも高水温だけが白化の原因ではありません。高水温の他に紫外線の強さ、海水の塩分濃度などもあげられます。沖縄の場合、気候変動で台風の発生頻度や経路が変わり、周辺海域の海水がかき混ぜられなくなった(水温分布が変わらずに高水温がずっと表面に留まってしまう)ことも一因と考えられています。そしてもうひとつ温暖化に関連していると言われている原因は、大気中の二酸化炭素量の増加にともなう海洋の酸性化です。大気から海水中に溶け込む二酸化炭素量が増加することで、海水の酸性化が促進され、これがサンゴの石灰化を阻害するのです。

地球温暖化はサンゴ礁にとって大きな脅威となっているのです。

サンゴ礁の調査は続く

サンゴ礁を深刻な白化から守るための調査が続けられています。実際に過去20年間のグレートバリアリーフの状態を分析した結果、大規模な白化を引き起こした主な要因の1つは異常高温だと確認されました。2016年にグレートバリアリーフのサンゴの90%以上を白化に追いやった原因は、2015~2016年のエルニーニョ現象による記録的な高温だとされています。白化現象を詳細に分析した結果、白化には地理的分布があり、それには海面水温のパターンが寄与していることまでわかっています。サンゴ礁の調査を行うことで、白化現象の原因とメカニズムの解明、保全に向けた白化回復のための技術の確立などを目指した研究が進められています。それでも、温暖化が進行し、異常高温が続くようではサンゴ礁を守ることはできません。長い年月をかけて形成されるサンゴ礁の保全には、温暖化による影響を軽減するための対策を地球規模で早急に実施する必要があるのです。

今年も、世界各地で異常気象が多発しています。温暖化の影響が地球規模で現れている現在、世界中の美しいサンゴ礁が死滅して
しまう前に世界規模で温暖化を食い止める策が必要なのです。

 

[1] サンゴには、サンゴ礁を形成する造礁サンゴの他にも、宝飾品として使われる赤サンゴのような宝石サンゴや、骨格を作るものの一見するとしなやかに見える軟質サンゴ(ソフト・コーラル)など多くの種類がいます。造礁サンゴのような褐虫藻との共生を行わないサンゴは非造礁サンゴと呼ばれ、太陽光の届かない深い海に生息するものもいます。造礁サンゴの大部分を占めるイ
シサンゴ目だけでも世界に約800種が存在するといわれている、沖縄では約200種が確認されており、形状もテーブル状、枝状、塊状など様々です。また、日本における造礁サンゴは対馬が北限とされていますが、非造礁サンゴも含めれば千葉や新潟付近の海域でも生息が確認されています。