気候ネットワークでは、日本環境法律家連盟(JELF)が2011年から2016年まで行ってきた「シロクマ公害調停と裁判(電力会社に対する公害調停および高該当調整委員会の決定取り消しを求める裁判)」に協力してきました。その内容は以下のとおりです。

「シロクマ公害調停および裁判」とは

 環境法律家連盟および気候ネットワークは、日本の温室効果ガス排出量の約3割を火力発電所からの排出で占めていることに着目し、電力会社11社を相手取り公害等調整委員会に対して「CO2の排出は公害である」として公害調停を申請することとなった。2011年5月、気候変動問題の現状や日本の温室効果ガスの排出実態をアピールしながら国内外に申請人を呼びかけ、同年9月シロクマ1頭及び申請人108人と3団体で公害調停を申請した。しかし同11月、公害等調整委員会は申請を却下した。翌2012年3月にツバル住民を申請人として公害調停を申請したものの、その申請も却下されている。そこで2012年5月、シロクマを加えた日本人26人と2団体は、通称「シロクマ弁護団」を代理人として却下の取り消しを求めて国に対して訴えを東京地方裁判所に提起した(第1事件)。さらに同年8月には日本人1人とツバル人18人が提訴した(第2事件)。地裁は請求を棄却し、さらに原告が控訴したものの、東京高等裁判所は一審の判断理由をそのまま是認。その後上告したものの、上告不受理となり幕を閉じた。これが通称「シロクマ公害調停」および「シロクマ裁判」の概要である。

 シロクマ裁判は、公害調停申請から取消訴訟に至るまでシロクマが原告に加わりCO2の排出が公害に当たるかどうかが争われた裁判である。

*電力会社11社=東京電力、関西電力、中部電力、東北電力、九州電力、中国電力、四国電力、北海道電力、北陸電力、沖縄電力、電源開発(Jパワー)

 

「シロクマ公害調停および裁判」の経緯

2011年 9月16日

調停第一次申請
(申請人:日本人76名、韓国人32名、3団体、ホッキョクグマ1頭)

    11月28日

申請却下決定

2012年 3月14日

調停第二次申請(申請人:ツバル20名、日本人15名)

   ? 3月26日

申請却下決定

    5月11日

東京地裁に第一次申請却下決定の取り消し訴訟を提起(第1事件)
(原告:ホッキョクグマ、日本人26名、2団体)

    7月 6日

ホッキョクグマのみ当事者能力がないとして、訴え却下判決。

    8月24日

本件訴訟の第2事件提起(原告:ツバル住民18名、日本人1名)

2014年 9月10日

地裁判決

    9月22日

東京高裁に控訴

2015年 6月11日

控訴審判決

    8月11日

上告

2016年 4月20日

上告不受理

 

「シロクマ公害調停」について

公害調停の申請内容

?(1) 調停を求める事項

 被申請人らは、各事業活動に伴う二酸化炭素排出量を1990年比29%以上削減せよ(理由書の中で、期限を2020年と主張。)。

?(2) 申請の理由(要約)

   ア 温室効果ガスは公害である

    (ア) 地球温暖化は環境基本法2条3項の「公害」にあたる

    (イ) 米国連邦最高裁判決(2007年4月2日)

? ?   ? (ウ) 大気汚染防止法から見た場合

大気汚染防止法は「ばい煙」の定義を「物の燃焼、合成、分解その他の処理・・・に伴い発生する物質のうち、・・・人の健康又は生活環境に係る被害を生ずるおそれがある物質・・・で政令で定めるもの 」(法2条1項3号)と定義している。
CO2などの温室効果ガスもばい煙と定義する余地は十分にある。

? ? (エ) 水質汚染(意見書)

    (オ) 地盤沈下(意見書)

   イ コモンズとしての大気(気候)享受権と持続可能性

   ウ 共通だが差異ある責任

   エ 汚染者負担原則

   オ 国際的合意に基づく法的義務

      ・京都議定書
      ・COP16(2010年11月):産業革命以降の地球の平均気温の上昇を2℃以内に抑える

   カ 技術的可能性

(3) 公害調停申請却下決定要旨

ア 温暖化問題は「公害としてではなく、一義的には、環境基本法2条3項の『地球環境保全』として取り組まれるべき課題」である

イ 公害紛争処理制度は「特定の原因者と特定の被害者との間に生じた具体的な紛争の解決を図る制度である」が、地球温暖化問題は、これにあたらず、「国内の排出主体の一部である被申請人らのみとの間における互譲により根本的に解決できる問題ではない」

ウ 被害と被申請人らの事業活動との結びつきが、客観的に相当程度明らかであるとはいえず、「公害に係る被害」に当てはまらない。

「シロクマ裁判」について

訴訟の争点

 (1) 地球温暖化問題は、公害かどうか。

 (2) 公害調停を開始するには、根本的解決の可能性が要件となるか。根本的解決とは何か。

 (3) 公害調停を開始するには、被害と加害のむすびつきが客観的に相当程度明らかであることが要件とされるべきかどうか。

原告らの主張の要約(争点を中心に)

 (1) 地球温暖化問題は公害である

 地球温暖化とは、「人の活動に伴って発生する温室効果ガスが大気中の温室効果ガスの濃度を増加させることにより、地球全体として、地表及び大気の温度が追加的に上昇する現象」である。
 地球の温度が上昇することにより原告らの居住する地域も含めて地球のあらゆる場所の大気、水質、地盤の沈下などの環境悪影響がもたらされ、原告らも含めて世界のあらゆる人々の現在の被害が進行するとともに、将来その被害が確実に悪化するものである。

 (2) 根本的な解決可能性について

 根本的解決の可否は公害調停開始の要件とならない。
 我が国の二酸化炭素排出量のうち電力会社らエネルギー転換部門の排出量は直接排出量で我が国の排出量の30%以上をしめる。これは世界のCO2排出量の1%以上にあたる。
 これほどの圧倒的な排出量を占める電力会社らを相手とする公害調停においては、電力会社の抑制によって被害の減少及び防止に役立つ。
 調停の波及効果も考えられることからすると、本件で調停を開始するということは、原告らの被害の回復、地球温暖化問題の根本解決の足掛かりになる。

 (3) 本件被害の具体性及び加害行為との関連性について

   ア 被害の具体性

 地球温暖化問題は全人類にかかわる問題であるが、同時に原告ら個人の現在の利益侵害の問題でもある。
 地球温暖化によって、原告ら個人には現在既に具体的被害が生じており、将来的にも具体的被害が生じる蓋然性があると言える。
 そもそも、当該公害によって生じる被害が具体的であるか抽象的な主張にとどまるかは調停の過程で審査されるべき問題であるから、調停委員会が構成され、調停の過程を通じて調停委員会によって判断されるべき問題である。本来 受理要件があるかないかという形式審査にとどまる公調委が内容にかかわって審査したことは権限を越えた違法な処分と言うべきである。

   イ 加害行為との関連性

 我が国の排出量のうち電力会社らエネルギー転換部門の排出量は直接排出量で我が国の排出量の30%以上をしめる。これは世界のCO2排出量の1%以上にあたる。
そもそも、公害紛争処理法は、被害と加害行為の因果関係を調停開始の要件とはしていない。むしろ、被害者救済、迅速な被害救済のために、司法で求められる因果関係の立証の困難を救済するために設けられたのが公害紛争処理制度である。

第1審判決(2014年9月10日)

  (1) 主文

 一部却下、その余は棄却。

  (2) 理由

 公害調停の対象とすべきか否かは、人の活動により環境に影響を及ぼす事態であっても、制度上定められる「公害」に当たるか否かによって判断される。
 「公害」にあたるか否かは、そのような事態への現行の法制度下での対応の在り方の選択にかかる立法政策的な決定を基礎とする事項であることに照らし、これらの法令において「公害」の内容として規定されているところの文言を踏まえて解釈すべきである。
 原告は、二酸化炭素の排出が「大気の汚染」「水質の汚濁」「地盤の沈下」に当たると主張しているところ、環境基本法や、大気汚染防止法、水質汚濁防止法等の文言に照らすと、「大気の汚染」または「水質の汚濁」に係る行為は、周囲のそれとは異なる温度の水の排出その他いわゆる毒性等を含む物質又はそのような生成の原因となる物質の排出等をして当該排出等に係る物質等の影響をが及ぶ相当範囲にわたり大気又は水の状態等を人の健康の保護又は生活環境の保全の観点から見て十全よりも悪化させるもの」をいい、「地盤の沈下」に係る行為は、地下水の採取等の地表面の高さを従前のそれよりも低下させる原因となるものをいうものと解するのが相当である。
 このような意味で有害なものとはいえない二酸化炭素の大気中の濃度が増加することによって起こる現象は、法の予定する「公害」に当たらないことは明らかである。

第1審判決に対する弁護団会見

シロクマ訴訟の判決日の記者会見 2014年9月10日(司法クラブ)

 

控訴審判決(2015年6月11日)

 (1) 主文

    棄却

 (2) 理由

 「大気の汚染」に係る行為は、いわゆる毒性等を含む物質又はそのような物質の生成の原因となる物質の排出等をして、当該排出等に係る物質等の影響が相当範囲にわたり大気の状態等を人の健康の保護又は生活環境の保全の観点から見て従前よりも悪化させるものをいい、「水質の汚濁」に係る行為は、周囲のそれとは異なる温度の水の排出その他いわゆる毒性等を含む物質又はそのような物質の生成の原因となる物質の排出等をして、当該排出等に係る物質等の影響が相当範囲にわたり水の状態等を人の健康の保護又は生活環境の保全の観点から見て従前よりも悪化させるものをいう。

判決に対する弁護団会見

シロクマ訴訟の高裁判決記者会見 2015年6月11日(司法クラブ)

 

レポート「シロクマ訴訟~シロクマ公害調停および裁判の経緯と結果~」(気候ネットワークまとめ)

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