パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(案)に対する意見

2021年10月4日

パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(案)」のパブリックコメントに際して、気候ネットワークとして、次の意見を提出しました。

1.1.5℃目標の位置づけ

【該当箇所】P.3 1行目~(第1章:基本的考え方 1.本戦略の策定の趣旨・目的)

【意見内容】日本が目指す方向性として1.5℃目標を明確に位置付けるべきである。

【理由】戦略案では、パリ協定の目標や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5℃レポートに触れ、産業革命前からの地球平均気温上昇を1.5℃未満に抑える努力が世界的に急務であるとしているが、日本が1.5℃を目指すとは明確に書き込まれていない。すでに決定された、2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)は、1.5℃未満に抑制することを実現するための目標に他ならず、日本の目標として1.5℃目標を明確に示し、それと整合的な長期戦略とすべきである。

2.戦略案、地球温暖化対策計画、エネルギー基本計画の見直し

【該当箇所】P.5 3行目~(第1章:基本的考え方 3.2050年カーボンニュートラルに向けた6つの視点(1)利用可能な最良の科学に基づく政策運営)
P.101 11行目~(第4章:長期戦略のレビューと実践)

【意見内容】利用可能な最良の科学に基づき、目標・対策を絶えず見直し、強化すべきである。

【理由】戦略案では、「2050年カーボンニュートラルに向けた6つの視点」のなかで、利用可能な最良の科学に基づく政策運営が挙げられている。しかし、具体的にどのように対応するのかは示されていない。気温上昇を1.5℃に止めるために、日本が利用可能な最良の科学に基づき、排出削減・再エネ導入目標やその実現に向けた効果的な政策を導入し、適宜柔軟にこれを見直し強化していくことを、長期戦略の基本方針として掲げるべきである。

また、戦略案では、6年程度を目安に見直す(P.101)としているが、パリ協定の下では、今後も5年毎にNDCの提出が求められていく。そのサイクルに沿いながら、地球温暖化対策計画とエネルギー基本計画を一体的に見直しすることとすべきである。

3.労働力の公正な移行

【該当箇所】P.6 14行目~(第1章:基本的考え方 3.2050年カーボンニュートラルに向けた6つの視点(3)労働力の公正な移行)

【意見内容】労働力の公正な移行においては、影響の大きい電力・エネルギー多消費産業を明記し、国際労働機関の公正な移行原則を基本に置くべきである。

【理由】戦略案では、「2050年カーボンニュートラルに向けた6つの視点」のなかで、労働力の公正な移行について、国、地方公共団体及び企業や金融機関が一体となって、各地域における労働者の職業訓練、企業の業態転換や多角化の支援、新規企業の誘致、労働者の再就職支援等を推進し、あわせて地域社会・地域経済についても、円滑に移行できるよう、2050年カーボンニュートラルに伴う産業構造転換を支援するとしている。しかし、その影響が最も大きく、速やかな移行が必要となる産業が電力やエネルギー多消費産業であることには触れていない。これらを明記し、その領域での取組みを具体的に示すべきである。また、国際労働機関の公正な移行原則における指導原則の重要な項目であるステークホルダーとの適切な協議や、職場での権利の強化と促進、ジェンダー平等にも言及すべきである。トップダウンによる産業構造の転換ではなく、働く労働者や立地地域の住民の意思も反映した対策・政策を実施し支援する仕組みも不可欠である。

4.カーボンプライシングとしての炭素税の導入

【該当箇所】P.95 16行目~(第3章:重点的に取り組む横断的施策 7.成長に資するカーボンプライシング)

【意見内容】市場に明確な脱炭素化へのシグナルを送るために、産業界の自主的な取り組みを改め、カーボンプライシングとしての炭素税の導入を強化するべきである。

【理由】 戦略案では、税制については脱炭素化に向けた民間投資換気、新需要開拓、生産工程の脱炭素化、繰越欠損金の控除上限引き上げ、研究開発投資へのインセンティブなど企業支援を中心とした措置が列挙されている。一方で、脱炭素化に向けての対策・施策はこれまで通り産業界の自主的な取り組みに委ねられているため、産業構造の大転換及び全てのセクターの排出削減対策の強化は困難である。その着実な削減を担保する政策措置として、カーボンプライシングとしての炭素税の導入を強化すべきである。税率は、2030年に1万円/t-CO2となるよう段階的に引き上げる。現行の地球温暖化対策税ではCO2排出量の多い製鉄コークス等を免税の対象としているが、そのような抜け穴もなくすべきである。

5.市民参加型の合意プロセスの導入

【該当箇所】P.10 19行目~(第1章:基本的考え方 4.将来に希望の持てる明るい社会に向けて)

【意見内容】脱炭素の経済社会の構築に向け、市民の合意プロセスを導入すべきである。

【理由】戦略案は、脱炭素社会の実現に向けた国の役割として、企業、地域、国民などのステークホルダーが脱炭素社会に向かう意識を共有しつつ、未来の社会像を考え、自ら行動していくことを後押しするとしている。国は気候市民会議のような対話の場を設け、そこでの結果を積極的に政策措置に反映させる、参加型の合意形成プロセスを導入すべきである。

6.原発ゼロの前提化

【該当箇所】P.15 6行目~(第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 1.エネルギー (3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性)
P.60 17行目~((第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 4.地域・暮らし (3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性 ③カーボンニュートラルな地域づくり (c)カーボンニュートラルな農山漁村づくり ⑤福島の復興と脱炭素社会の拠点構築)
P.74 11行目~(第3章:重点的に取り組む横断的施策 1.イノベーションの推進 (1)技術のイノベーション ④原子力産業)

【意見内容】「脱炭素電源」として原発を残すべきでない。原発ゼロを前提とすべきである。

【理由】東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年が経過するが、その甚大な被害は解決の糸口すら見えず、廃炉作業にもいつ着手できるかも見通せない。戦略案では安全を最優先し、経済的に自立し脱炭素化した再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減するとしているが、エネルギー基本計画策定の際に行われたコスト検証では、原発よりも太陽光発電の方が安価であることが示され、原発が安い電源であるという推進の根拠が覆された。過酷事故のリスク及び最終処分問題を抱え、経済性、安定供給性も欠く原発は速やかにゼロとすべきである。

また、高速炉開発、小型モジュール炉技術の実証、高温ガス炉における水素製造、核融合研究開発など、今後多額の政府支出を要する研究開発が目標としてあげられているが、原子力発電への依存度を下げる方針と整合しないため、削除すべきである。

7.電力システムの脱炭素化

【該当箇所】P.15 6行目~(第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 1.エネルギー (3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性)
P.18 21行目~(第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 1.エネルギー(3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性 ①電力部門に求められる取組 (c)水素・アンモニア・CCS・カーボンリサイクルにおける対応)
P.72 8行目~(第3章:重点的に取り組む横断的施策 1.イノベーションの推進 (1)技術のイノベーション ②水素・燃料アンモニア産業 (a)水素)

【意見内容】水素・アンモニア・CCS・カーボンリサイクルの実現を前提とせず、脱化石燃料を目指すべきである。

【理由】戦略案では、石炭火力やLNG火力設備を使い続け、水素/アンモニア、二酸化炭素回収固定利用技術(CCS・CCU)などによる「火力発電の脱炭素化」を目指すとしている。しかし、国内にはCCSの適地が乏しく、そもそもCCU技術は、その有効性、経済性、環境影響への懸念や技術的リスクなど、多くの問題を抱える実現可能性が不確実な技術であって、実用化の目途はたっていない。また、石炭や天然ガス由来の水素(海外に依存する場合は一層)は、CO2排出を伴う。天然ガスから作るアンモニアも同様である。さらに水素からアンモニアを合成するにはエネルギーが必要とされ、コストも高くいずれもおよそ脱炭素技術といえるものではない。しかも、日本が水素・アンモニアを海外からの輸入に依存することになれば、従来の化石燃料同様に今後もエネルギー安全保障上のリスクを抱え続けることとなる。これを電力供給の中核に位置づけることは、長期的にもゼロエミッションの実現を危うくし、エネルギー自給率の向上も妨げるものである。このようなまやかしの「火力の脱炭素化」ではなく、脱火力と再生可能エネルギーへの転換を通じ、G7主要国首脳会議の合意を踏まえ、2030年代の電力システムの脱炭素化を目指すべきである。

8.産業界の排出削減の政策的担保の導入

【該当箇所】P.25 12行目~(第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 2.産業 (1)現状認識 ②産業界における自主的取組)

【意見内容】産業界の自主的な取り組み依存をやめ、排出削減の政策的な担保を導入すべきである。

【理由】 産業部門対策は業界の自主的な取り組みに委ねられてきたが、排出の多い鉄鋼業・化学工業・セメントを含む窯業土石・紙パルプ業を中心に、材料利用の効率化・スマート化による需要削減を進めるとともに、エネルギー効率向上、排熱回収、電化などの対策を進め、再生可能エネルギー由来の水素の活用などセクターカップリングを推進すべきである。

9.住宅・建築物対策の強化

【該当箇所】P.48 7行目~(第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 4.地域・くらし (3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性 ②カーボンニュートラルなくらしへの転換 (a)住宅・建築物での取組)

【意見内容】家庭・業務部門として住宅・建築物対策を強化するべきである。

【理由】 長期戦略では、長期にわたり影響を及ぼす新築住宅・建築物のゼロエミッション(ZEH/ZEB)化に言及しているが、これをさらに前倒しして2025年度に100%とし、既存住宅・建築物については、2050年に脱炭素が実現可能となるようなペース(年2%)で省エネ改修・再エネ導入を行い、躯体・付帯設備、消費電力のさらなる効率向上を図るべきである。

10. 代替フロン等ガスの削減のための政策措置の導入

【該当箇所】P.29 16行目~(第2章:各部門の長期的ビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性 第1節:排出源対策・施策 2.産業 (3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性 ②代替フロン分野におけるカーボンニュートラルに向けた対策 )

【意見内容】代替フロン等ガスの削減のための強力な政策措置の導入をするべきである。

【理由】 戦略案では、排出増加の傾向が継続している代替フロン(HFCs)の排出抑制を喫緊の課題としている。モントリオール議定書キガリ改正の着実な履行、グリーン冷媒機器普及拡大、冷凍空調機器の使用時におけるフロン類の漏えい防止、冷凍空調機器からのフロン類の回収・適正処理、国際協力の推進、企業経営等における脱炭素化の促進を挙げているが、これらの実現には、代替可能用途を即時禁止し、急増する冷媒分野の需要を速やかに自然冷媒に移行させる強力な措置が不可避である。フロン法改正を含む施策の強化を盛り込むべきである。

以上