三井住友フィナンシャルグループの新たな気候方針はパリ協定1.5℃目標に未だ整合せず
気候変動対策の強化を求める株主提案は継続

国際環境NGO 350.org Japan
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5月13日、三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)が「気候変動に対する取組の強化について」および「株主提案に対する当社取締役会の意見について」を発表しました。

環境NGOは、今年4月にSMBCグループへの気候変動対策の強化を求める株主提案を提起しました。また、従前より、SMBCグループと気候変動対策の強化に係る対話を継続してきました。今回の方針強化は、こういった働きかけを受けてなされたものですが、下記に示す通り、依然としてパリ協定1.5℃目標に照らして不十分です。引き続き、株主提案を継続することで、同社の気候関連リスク管理の強化を通じた企業価値の維持・向上を推進して参ります。

国際環境NGO 350.org Japanのシニア・キャンペーナーの渡辺瑛莉は、次のようにコメントしました。

「SMBCグループの今般の方針改定による一定の前進は、これまでの対話や株主提案を受けて行われたもので、歓迎します。しかし、新方針をもってしても、未だにパリ協定の目標と整合しているとは見なされず、海外の同業他社と比べても遅れをとっています。同社がネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)で定められた期限内の早い段階で、電力セクターにつき、2030年の温室効果ガス排出削減目標を公表し、エネルギーセクターについても今後の目標公表にコミットしたことは歓迎します。一方で同目標はパリ協定に整合的とは見なされず、今後の確約もありません。また、最新の気候科学に照らして重要な短期目標の設定や、国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロ排出シナリオで要請されている新規の石油・ガスへの支援を制限する方針は掲げられておらず、石炭火力・炭鉱採掘セクター方針においても抜け穴を残しています。株主提案の継続を通じて、同社が気候危機のリスク軽減においてリーダーシップを発揮し、競合他社とも引けを取らない目標と対策の強化を行い、企業価値の維持・向上を図れるよう引き続き働きかけを行います。」

SMBCグループの新方針のポイントと問題点

①石炭火力発電
「既にフェーズアウト戦略を策定済のプロジェクトファイナンス(2020年度時点約3,000億円)に加え、新たに、設備紐付きのコーポレートファイナンス(2022年3月時点約800億円)についても、2040年までに残高ゼロを目指す」とし、「石炭火力発電の新設・拡張に伴うプロジェクトファイナンスおよび設備紐付のコーポレートファイナンスは、いずれもクレジット・ポリシー上で新規の支援を禁止済」と発表しました。
これは、今年4月に気候変動方針強化を発表した三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と同様の対応とみられます。設備紐付きのコーポレート与信を含めたことや、当該与信への新規支援を禁じたことは一定の前進ですが、いくつかの看過できない抜け穴が残されています。
まず、2040年までに残高ゼロにするとのタイムラインは、パリ協定の目標のためにはOECD諸国については2030年まで、世界全体で2040年までに石炭火力発電をゼロにする必要があるとの知見に対して遅い目標設定です。次に、他のメガバンクと同様に、炭素回収利用貯留(CCUS)、アンモニア・水素混焼といった、実用化されておらず、排出削減効果の不確かな革新的技術への支援が可能であることから、石炭火力の延命に繋がり、脱炭素への取り組みを遅らせる懸念があります。さらに、「石炭火力関連与信」として、約8,100億円との試算を公表していますが、上記に該当しない与信(約4,300億円)については目標の対象外であり(下図参照)、2040年時点においても石炭火力への支援が継続されている可能性があります。以上を踏まえると、改定された石炭火力に係る方針でも、パリ協定の目標達成の道筋と整合しません。

出典:SMBCグループ「気候変動に関する取組の強化」(2022年5月13日)

②炭鉱採掘
SMBCグループの新方針は、座礁資産リスクや人権問題、生物多様性への配慮を理由として、「「一般炭採掘」事業の新規採掘と拡張及び当該事業に紐付くインフラ事業の新規開発及び拡張への支援を行わない」というものです。
新規のみならず、既存案件の拡張ならびに、関連インフラの新規開発・拡張への支援も禁じたことは、他メガバンクに先駆けた取り組みとして評価できます。ただし、コーポレートファイナンスに関する明確な規定がなく、大きな抜け穴が残る懸念があります。例えば、石炭採掘専業企業である豪ホワイト・ヘイブン社や、インドネシアのアダロ・エナジー社などへの支援が継続される懸念が残されています。

③電力セクターの中期(2030年)目標設定
電力セクターにおける温室効果ガス(GHG)排出量の2030年削減目標を、138~195gCO2e/kWhと設定しました。この2030年目標は国際エネルギー機関(IEA)の1.5℃~2℃シナリオに基づくとしています。一方、「トランジションの過程では、温室効果ガスの絶対量に加えて効率性を重視すべく、炭素強度の目標を設定」としていますが、絶対量の削減目標を設定していません。こうした炭素強度(ここでは発電量あたりのCO2排出量)の目標設定には、MUFGの方針と同様の問題があります。つまり、温室効果ガス排出の絶対量が増えた場合でも、炭素強度さえ改善されていれば、目標の達成が可能となります。例えば、化石エネルギーによる発電を増やす以上に再生可能エネルギー発電を拡大させることで、炭素強度を改善できますが、総発電量が増えていれば、温室効果ガス排出量の絶対量自体は増加する可能性があります。温室効果ガス排出量の絶対量を確実に減らすことができなければ、パリ協定との整合性を担保できません。また、同目標は融資額のみが対象であり、投資・引受は対象外となっていることも問題です。

④エネルギーセクターの2030年目標設定へのコミット
今回、初めてエネルギーセクター(石油ガス・石炭)におけるGHG排出量(絶対量)を87.6 MtCO2e(投融資カバー比率約70%)と公表しました。今年8月公表のTCFDレポートにおいて、2030年削減目標を公表するとコミットし、投融資カバー比率の改善も目指すとしています。また、2021年3月時点における貸出金内訳と上流案件のエクスポージャーの推移も公表しました。
ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)が期限とする加盟から18ヶ月以内という期限内の早い段階で約束の公表を目指していることは歓迎します。しかし、現時点で、エネルギーセクターも含めて、パリ協定と整合的な中期目標の設定をSMBCグループが行う確約はありません。なお、87.6MtCO2e(8,760万tCO2e)は、日本の一般家庭約3,042万世帯分のCO2排出量に相当する(環境省の2020年確報値2.88トンに基づく)莫大な排出量であり、その削減ポテンシャルは大きいと言えます。
また、MUFGと同様に、エネルギーセクターの目標設定は基本的に上流生産事業(脚注1)に限定される見通しです。これでは石油・ガスパイプラインやLNGターミナル、石油・ガス火力発電所といった化石燃料インフラが対象外となる可能性もあります。また、同目標も融資額のみが対象で、投資・引受は対象外となる予定です。SMBCグループは未だに、新規の石油ガスへの支援を制限するセクター方針を有しておらず、パリ協定の目標ともIEAのネットゼロシナリオとも整合しません。

SMBCグループ「株主提案に対する当社取締役会の意見について」へのコメント

SMBCグループは、今回の方針の改定とあわせ、環境NGOや個人株主による気候変動対策の強化を求める株主提案に反対する方針を発表し、その理由を説明しています。いずれの点についても下記のように説明できるものであり、株主提案に反対すべき理由として十分とは言えません。

反対の理由として、第1に、「経営方針の一部として既に取組みを推進して」いること、「日本政府の方針を支持するとともに、パリ協定の目標に沿ってGHG排出量の削減に真摯に取り組んでいる」ことをあげています。しかし、上述の通り、これまでのところその対策はパリ協定の1.5℃目標に照らせば不十分です。また、2030年までに46%削減という日本政府の気候変動対策方針がパリ協定の1.5℃目標に整合しない不十分なものであると科学者によって指摘されている中(脚注2)、日本政府の方針以上の取組が求められます。また、パリ協定に「真摯に取り組んでいる」のであるならば、なおさら、これを定款に盛り込むことを妨げる理由はないはずです。逆に、提案された定款変更を実施することで、今般最も重要なグローバル課題の1つである気候危機に対して全社的に取り組む、先進的な金融機関であることを国内外にアピールし、企業価値を高めることができます。

第2に、反対理由として「定款は会社を運営する上での基本的な方針を定めるものであり、個別具体的な業務執行に関する事項を定款に規定することは適切では」ないことをあげています。しかし、日本では、会社への要求内容を具体的に記述できる株主提案の形式は、会社法により株主総会の決議事項とされる定款一部変更の提案に通常限られています。定款の一部変更の形式をとらず、単純に要求内容を記述して株主総会決議を要求する提案は、会社法又は対象会社の定款に基づくその他の株主総会の決議事項に該当しない限り、不適法を理由に株主総会の議題として取り上げられることもなく、終わることになります。よって本提案も、会社法の規定に従い、定款の一部変更という適法な形式をとり提案するものです。

第3に、反対理由として「刻々と変わる情勢を踏まえつつ、GHG 削減目標や事業計画の機動的な見直しとその迅速な実践を行ってまいりますが、定款はその変更に株主総会における特別決議を必要とするものであることから、仮に本議案が可決された場合、当社の機動的な対応をかえって難しくしてしまうおそれ」があることをあげています。しかし、この事項によって難しくなる機動的な対応とは何なのか、明らかではありません。本株主提案は、パリ協定の目標の達成に整合的な短期中期の目標を含む計画の開示や、ネットゼロ排出シナリオと一貫性ある貸付を求める、大きな枠組みに関する事項であって、情勢の変化によって頻繁に逐一変更が必要になるようなものとは考えられません。パリ協定という国際条約と、ますます確信度の高まっている国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に基づく科学的知見を踏まえれば、ネットゼロへの方向性が必要であることは明らかであり、本提案はSMBCグループが自ら掲げる2050年ネットゼロ目標とも矛盾しません。

参考リンク

三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)「気候変動に対する取組の強化について」(2022年5月13日)(リンク
三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)「気候変動に対する取組の強化」(2022年5月13日)(リンク
三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)「株主提案に対する当社取締役会の意見について」(2022年5月13日)(リンク

【プレスリリース】国内外の環境NGOが国内4企業に株主提案~日本企業は過去最多の気候変動関連株主提案に直面~」(2022年4月13日)(リンク

脚注

1:SMBCグループは、「上流を主たる事業とする統合型も含む」としていますが、詳細は不明です。同社による「上流」の定義は明確ではありませんが、化石燃料事業においては、一般的に、資源の探査・開発・生産までの段階は「上流(upstream)」、生産された化石燃料の精製・販売・輸送の段階は「下流(downstream)」と呼ばれます。

2:国際的な研究者グループであるClimate Action Trackerは、2050年ネットゼロ達成への道筋や、「2013年比で温室効果ガスを46-50%削減」との2030年目標をはじめとした日本政府の気候政策全般を「不十分(insufficient)」と評価している(2022年2月10日時点)。https://climateactiontracker.org/countries/japan/

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国際環境NGO 350.org Japan 伊与田昌慶、masayoshi.iyoda@350.org