気候ネットワークは、2023年5月7日締め切りの「水素基本戦略骨子(案)」に対する意見募集に、以下の意見を提出しました。

意見の内容

【意見1】

該当箇所 1ページ 1-1.水素基本戦略の位置づけ
 水素戦略として、2050年時点で排出を実質ゼロにするということだけではなく、人類が直面する気候危機を回避するためには、1.5℃目標と整合する排出削減シナリオの道すじを描く必要があり、そのために水素戦略を構築する必要がある。基本的に水素の利用は、脱炭素の観点や、エネルギー安全保障やエネルギー自立の観点から、水を再生可能エネルギーで電気分解する国産のグリーン水素を前提とすべきであり、そのためには、再エネ電気を大幅に増やすことが大前提となる。現状の再エネ導入目標を見直し、再エネ余剰を増やすことが第一歩となる。

【意見2】

該当箇所 1ページ 1-2.本戦略における対象範囲
 本骨子は「水素は、アンモニアや合成メタン・合成燃料等、様々な燃料や原料として使われるため、本戦略においては、これらも対象とする」としているが、本案の中で、どの程度のアンモニア製造を国内で行うことを想定して水素の需要量を産出しているのかが不明確。水素政策小委員会政策小委員会/合同会議アンモニア等脱炭素燃料中間整理の資料には、2030年時点での国内導入量300万トン(水素・アンモニア)を輸入/国産により調達と記しているが、本案(P2)には2030年の水素の導入目標は最大300万トンと記されておりのみで、これがアンモニア国内製造を想定した数量なのかは記されていない。この数量が水素として利用する以外の燃料アンモニアの導入量(水素換算)も含む数字であれば、少なくとも2030年時点におけるアンモニア混焼20%を国内で生産するとしているのか、2030年時点における水素需要に占める発電部門での燃料アンモニア製造またはガス火力への水素混焼に伴う需要の割合を明確に示すべき。この点はP2における水素等供給に関する(a)にも繋がるものである。

【意見3】

該当箇所 2ページ (a)安定かつ低コストな水素等供給の実現
 水素等の安定的、大量供給を実現するとしているが、水素の導入目標を示している一方で、アンモニアの導入目標は示されていない。100万kW規模の石炭火力発電所1基でアンモニアを20%混焼する場合、50万トンのアンモニアが必要となる。日本国内すべての大手電力の石炭火力発電所でアンモニアを20%混焼する場合は、2000万トンのアンモニアが必要となる。これは現在の世界全体でのアンモニア貿易量に匹敵する量であり、実現に向けた課題が大きいことを明記すべきである。

【意見4】

該当箇所 2ページ (a)安定かつ低コストな水素等供給の実現
 水素・アンモニアの供給体制を作るのであれば、輸入に依存せずに、国内での再生可能エネルギー大量導入を進めるべきである。
 既存設備でのグリーン水素・アンモニアの製造量は限られており、化石燃料起源から水素・アンモニアを製造し、その過程で発生するCO2をCCSで回収するブルー水素・アンモニアの製造でも製造量に限界がある。CCS付であってもCO2の回収は限定的で、原料に化石燃料が使われている限りCO2を排出することは変わらない。骨子案は水素・アンモニアの供給体制の構築を目指しているが、多額のコストがかかる。供給体制を作るためのコスト対CO2削減量を考えれば、国内で再生可能エネルギー普及の体制をつくることに投資を集中すべきである。また、将来的に「グリーン水素・アンモニア」の利用を目指すのであれば、最初から製造時に温室効果ガスを排出しないグリーンな水素・アンモニアだけを念頭においた供給体制を国内で構築すべきであり、そのために必要なのは再生可能エネルギーの導入拡大である。

【意見5】

該当箇所 2ページ (b)低炭素水素等への移行
 「低炭素水素への移行」ではなく、水の再エネ電気分解で化石燃料に依存しない方法を前提とした「グリーン水素への移行」を目指すべきである。
 低炭素水素等の定義として、「1kgの水素製造におけるWell to Production GateでのCO2排出量の目標を3.4kg-CO2e/kg-H2以下と設定する。また、低炭素アンモニアに関しては1kgのアンモニア製造時におけるGate to GateのCO2排出量が0.84kg-CO2e/kgNH3以下のものと設定」と書かれている点については、1)Well-to-Production Gateでの3.4kgは、2022年に公表されているEUタクソノミーにおけるLCA全体排出量3.0kg-CO2/kg-H2より緩い。本案が、後追いでクリーン水素の定義をする以上、少なくともEU並み、もしくはより高い閾値を設定すべきである。
 2)低炭素アンモニアにおけるGate-to-Gateの0.84kg以下は、原料提供および運搬時のCO2排出を除いたものであり、この数字だけでは原料となる水素の由来および輸入時のCO2排出量を問わないことになってしまう。よって、低炭素アンモニアに対してもLCAの閾値を設定すべきであるとともに、20%混焼が移行期における目標であることを踏まえれば、2050年にCO2排出ゼロとすることを目指し、削減できない場合にはペナルティを課すといった二重条件を付けるべきである。
 また、削減率の見直しについては、「技術の進展等に伴い削減率の見直しを図る」としている点を、何年ごと(技術の進展を鑑みれば2-3年毎程度)に見直すと明記すると共に、事業者にはCO2およびメタン排出量削減に向けた工程表の提出を義務付けるべきである。事業者には使用する水素・アンモニアのCO2及びメタンの累積排出量の開示を義務付ける必要もある。

【意見6】

該当箇所 3ページ(d)国際水素等サプライチェーンの構築
 水素・アンモニアの利用がエネルギー安全保障を高めると期待すべきではない。
骨子案は、水素・アンモニアは供給源となる国を多角化し、エネルギー安全保障を一層強化することが可能としている。しかし発電利用に関しては、2030年までにガス火力への30%水素混焼、石炭火力への20%アンモニア混焼が実現したとしても、化石燃料(ガスと石炭)に加えて水素・アンモニアの供給においても他国頼みとなり、今後もエネルギー源の輸入に依存し続けることになる。さらに、国産グリーンアンモニアのコストは当面の間、海外産のブルー/グレーアンモニアを上回るため、コストを重視すればアンモニアも輸入に頼ることになる(BloombergNEFの2022年のレポート「日本のアンモニア・石炭混焼の戦略におけるコスト課題」での分析によると、日本産グリーンアンモニアのコストは、2040年までUAE産ブルーアンモニア、2050年までオーストラリア産グリーンアンモニアを上回る)。水素・アンモニア混焼による発電は、コモディティの輸入依存を続けることになるため、エネルギー安全保障の強化にはつながらない。

【意見7】

該当箇所 3ページ (d)国際水素等サプライチェーンの構築
 水素の運搬方法として、MCH(メチルシクロヘキサン)とともにアンモニアが検討されているが、水素を製造した後にMCHまたはアンモニアを製造するという二段階のプロセスを経る必要がある点は同じであり、そのプロセスにおいてもエネルギーを要する。さらに、こうした水素キャリアを運搬する際と輸入先で水素を取出す際にもエネルギーが必要であることを踏まえれば、全ての水素についてはLCA全体のCO2排出量を見るべきである。また、アンモニアについては、水素キャリアとして運搬されてきたアンモニアをそのまま燃料として使うのか、水素からアンモニアを国内で製造するのか、あらゆるケースにおいてLCAでのCO2排出量と、諸費用を算出すべきである。

【意見8】

該当箇所 3~4ページ (a)発電分野
 気候変動対策として、1.5℃目標を達成するには、火力発電の大幅削減が必要であり、とりわけ石炭火力は2030年までに全廃することが不可欠である。これらを鑑み、発電分野における水素・アンモニアの利用はCO2排出量削減にはつながらないため、カーボンニュートラルに向けたトランジションを支える役割として期待すべきではない。
 水素・アンモニアは発電時にCO2を排出しないが、現在進められている水素・アンモニアの製造は、海外における褐炭やLNGなどの化石燃料を原料とするものが主であり、製造過程でCO2を排出する。水素・アンモニアは発電における燃焼時にCO2を排出しないため、輸入した水素・アンモニアの混焼によって日本国内のCO2排出量は減少するが、製造国では排出を伴うため、見せかけの排出削減にすぎない。環境省等の資料に基づいて気候ネットワークが行った試算(※)では、100万kWのUSC石炭火力発電所でアンモニアを20%混焼し、製造時のCO2排出量を加味した場合、削減効果は4%程度にしかならない。
 また、再生可能エネルギーによって製造するグリーン水素・アンモニアであれば製造時にもCO2を排出しないが、極めて高額であり、技術的にも確立していない。仮にグリーン水素・アンモニアの20%混焼が実現したとしても、残りの80%は石炭を燃焼することになるため、高価格なうえに削減効果は限られる。
したがってアンモニアを石炭火力に混焼しても、ほとんどCO2の削減にはつながらず、気候変動対策にならない。発電分野での水素・アンモニア利用はトランジションを支えるどころか、脱石炭を目指す国際的潮流に反して石炭火力を温存させ、カーボンニュートラルに逆行している。

※気候ネットワーク[2021]「水素・アンモニア発電の課題:化石燃料採掘を拡大させ、石炭・LNG火力を温存させる選択肢」

【意見9】

該当箇所 3~4ページ (a)発電分野
 石炭火力への燃料アンモニア混焼、将来的な専焼によるCO2排出削減効果は少なく、石炭火力発電の延命につながるので、発電分野での燃料アンモニアの利用は促進すべきではない。
 アンモニアは「ハーバー・ボッシュ法」という高温高圧下で生産されているため、その生産プロセスで大量のエネルギーを必要とする。触媒による生産方法などが研究されているが、大量生産への目途が立っていない上、大規模な石炭火力発電所での消費を賄える量を低コスト、低エネルギー消費で生産することは難しい。加えて、国外で生産された燃料アンモニアを運搬する際に化石燃料のエネルギーが使われれば、そこでも大量のCO2を排出することになる。つまり、既存のサプライチェーンでは、生産および運搬の段階でCO2が排出され、そうして入手した燃料アンモニアを石炭火力に混焼させても、ライフサイクルCO2はほとんど削減されない。確約できない将来的な削減量を掲げて燃料アンモニアの混焼を進めることは、化石燃料利用の延命、ひいては石炭火力発電の段階的削減を妨げるものにしかならない。

【意見10】

該当箇所 3~4ページ (a)発電分野
 グレー水素・グレーアンモニアを非化石エネルギー源として位置付けるエネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律(高度化法)を根拠に水素・アンモニアの発電分野での利用促進をすべきではない。また、水素およびアンモニア製造過程におけるCO2排出が明確でない水素・アンモニア混焼を長期脱炭素電源オークションの対象として支援すべきではない。
 高度化法はグレー水素・グレーアンモニアを非化石エネルギー源として位置づけ、利用を促進するとしているが、グレー水素・アンモニアは化石燃料起源で、製造や輸送などライフサイクル全体で大量のCO2を排出するものであり、それを「非化石エネルギー源」と定義することは矛盾している。同様に、水素・アンモニア混焼を長期脱炭素電源オークションの対象に含めることは、実質的な脱炭素につながらない。カーボンニュートラルに向けた取り組みとしては、本来の非化石エネルギー源であり、CO2排出削減効果が確実で価格も低下している再生可能エネルギーの大量導入を急ぐべきである。

【意見11】

該当箇所 7ページ 3-6.国際連携(標準化、多国間枠組みでの活動)
 国際連携においては、電力部門での水素・アンモニア利用の拡大を目指すべきではない。
 日本政府は、火力発電設備での水素やアンモニアの混焼・専焼に向けたイノベーション技術を国外、特に東南アジア諸国にも推進する考えを示している。しかし、国際的にはCOP26でのグラスゴー合意や、G7での石炭火力の段階的廃止に向けた合意や2035年までの電源の脱炭素化が決定しており、日本もそこに参加している。水素やアンモニアの導入を促進することにより、既存の石炭火力を延命する、または化石燃料由来の水素・アンモニアの利用を促進することになれば、国際合意に全く整合しないことになる。
 発電部門での水素・アンモニア利用を進めているのは、G7では日本だけである。2023年のG7広島サミットにおいて、日本は火力発電への水素・アンモニア混焼を含む日本独自のGX(グリーントランスフォーメーション)を押し進めようとしているが、異論や批判的な意見も出ている。
 発電部門での水素・アンモニアの利用を推進し、その結果として日本の脱石炭・脱炭素が遅れることになれば、日本は再生可能エネルギー拡大にともなうエネルギー・トランジション(エネルギーの移行)という世界の潮流から大きく遅れることになってしまう。日本で石炭火力とガス火力が維持され、再生可能エネルギーによる電力供給が阻まれれば、RE100を目指すような日本企業やグローバル産業の多くが日本国外に流出してしまう可能性もあり、日本経済の弱体化も懸念される。

【意見12】

該当箇所 7ページ 3-7, 国民理解
 国民理解を促進するにあたっては、水素・アンモニアのメリットだけでなく、課題や問題点についても伝える必要がある。水素・アンモニアをCO2が発生しない燃料のように広めることは、正確ではない。国民理解の下での水素・アンモニアの社会実装を目指すのであれば、問題点を明確に示し、CO2排出量および最終的な電力価格を含めた正確な情報提供をすべきである。
 製造過程や輸送においても完全にCO2を排出しないアンモニアや水素の製造が実用段階にない状態で、アンモニアや水素をCO2フリー燃料であるかのように伝えるのは誤りである。国民理解の下での水素・アンモニアの社会実装を目指すのであれば、国民に対して燃料アンモニアの問題点などを明確に伝える必要がある。本当の意味での正しい理解を深めるためにも、討論型国民的世論調査をすべきである。

【意見13】

該当箇所 8ページ 5-1.水素産業競争力強化に向けた基本的な考え方
 欧州では水素普及の基盤整備が進展していると記されているが、EUタクソノミーでは水素の導入にあったって、LCA全体排出量が化石燃料由来のものより73.4%削減されたもの(3.0kg-CO2/kg-H2)と明確な閾値が示されているだけでなく、天然ガス発電施設の建設や稼働を石炭などの温室効果ガス(GHG)排出量の多い既存の施設の代替手段として位置づけ、ライフサイクル全体でのGHG排出量が明確に定められている。その上で、既にカーボンプライシングが導入されているといった状況にある。日本は、国際競争力を強化する以前に、脱炭素および持続可能な意味でのエネルギー安定供給を図るべきである。

【意見14】

該当箇所 9ページ (c)脱炭素型発電利用
 アジアにおいても再生可能エネルギーが急速に安価になっており、火力発電への水素・アンモニア混焼への投資は経済的合理性を持たない。アジアの新興国・途上国の脱炭素化の加速の観点からも、厳しい検証が必要である。電力部門においては再生可能エネルギーの加速度的普及の方が技術的にも容易で圧倒的に安価であり、化石燃料事業の延長である水素・アンモニア利用への投資は、アジアにおいても座礁資産となるリスクがある。

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【パブコメ・意見書】「水素基本戦略骨子(案)」に対する意見提出(2023年4月18日)

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