【判決紹介】

オランダ最高裁 2019年12月20日

「危険な気候変動被害は人権侵害」
科学が要請する削減(2020年90年比25%削減)を政府に命じる

2020年2月29日

浅岡美恵

環境NGOがオランダ政府の温室効果ガス排出削減目標の引き上げを求めて提訴し、勝利

近年、市民が政府などを被告とし、気候変動対策の強化を求める気候変動訴訟が世界に広がっています。中でも環境NGOや市民がオランダ政府に対し、2020年の温室効果ガス排出削減目標の引き上げを求めて提訴したこの事件は、訴訟での請求の内容、1審、2審でも勝訴した、代表的で先駆的な訴訟です。

原判決の英文に基づく日本語仮訳を紹介し、訴訟の概要、背景、判決のポイントについて解説します。

オランダ最高裁 オランダ政府に目標引き上げを命じる

2019年12月20日、オランダ最高裁は、「国は2020年までに1990年比25%削減すべき(既存の政府目標は1990年比20%削減)」と命じたハーグ地裁(2015年6月)及びハーグ高裁判決(2018年10月)を支持し、オランダ政府の上告を棄却しました(判決文の全文英訳はオランダ最高裁ウェブサイトに掲載)。

この事件は、2013年にオランダのNGO・Urgendaと886人の市民がオランダ政府に対して、「国の温室効果ガス排出削減目標の引き上げ」を求めて提訴したものです。原告らの主張を容認した2015年のハーグ地裁判決は世界から注目され、世界各地に同じ趣旨の訴訟が多く提起される契機ともなりました。地裁判決を支持した高裁判決、そして今般、最高裁判決でも認められ、国に科学に基づく応分の排出削減義務があることが確定しました。このニュースは瞬く間に、世界を駆け抜けました。

表:オランダ温室効果ガス排出削減目標引き上げ訴訟の経緯

2007年 IPCC第4次評価報告書、発表
2013年 NGO「Urgenda」と市民、国を相手取って訴訟を開始
2013年 IPCC第5次評価報告書、発表
2015年 ハーグ地裁、市民の訴えを認め、国に目標の引き上げを命じる判決
2018年 ハーグ高裁、地裁判決を支持
2019年 オランダ最高裁、地裁判決及び高裁判決を支持。国の敗訴が確定

危険な気候変動による被害は人権侵害・国には科学に基づく保護義務

オランダ最高裁がこのような判断をした背景と理由は、今や気候の危機にあるという意識と言って過言ではありません。そして、気候正義を訴えてスクールストライキを続けている子どもたちの声を代弁したものともいえます。

最高裁は、危険な気候変動による深刻な影響は、オランダ国民のほとんどすべてといってもよい人々(特に若年世代)にとって、既に現実で切迫した人権侵害であり、国には、実効性ある方策を講じてこのような重大で広範な人権侵害から国民を保護する義務があり、危険な気候変動を防止するために気温上昇を2℃未満に抑制することは国際社会のコンセンサスとなっているとしました。2℃未満のためには、先進国は1990年比で2020年までに25~40%の削減が必要と2007年のIPCC第4次評価報告書が指摘し、毎年のCOPでも確認していました。つまり、「先進国の2020年25~40%削減」は、もはや世界のコンセンサスであり、少なくともその最下限の削減はオランダ国としての応分の義務であるとしたものです。

「気候変動対策は政治的な交渉によるもので行政・立法府の裁量に委ねられている」とする国の主張についても、「人権侵害から国民を守るのは裁判所の職責」と述べて退けました。

2020年目標をめぐる判決の今日的意味

既に2020年の今となっては、なぜ訴訟の焦点が2020年目標なのかと疑問に思われるかもしれません。それは、Urgendaが訴訟を始めた2013年はじめ頃、当時の科学や国際交渉の焦点は、2℃目標に対応する2020年目標と2050年目標におかれていたためです。

しかし、2014年のIPCC第5次評価報告書では1.5℃目標の必要性が認識されるとともに、中期目標の焦点は2020年から2030年に移っていきました。2019年、オランダ政府は、「2030年までに1990年比で49%削減」「2050年までに同95%削減」に目標を引き上げ、気候法に盛り込んでいました。

2020年を目前にした2019年12月のオランダ最高裁判決は、2020年目標が低きに過ぎ、対策が十分にとられないまま時間が過ぎてしまったことを確認することで、2030年目標もまた同じ轍を踏むことがないよう、厳しく警告したといえます。

それだけではありません。この最高裁判決が出る直前の2019年12月2~15日にはスペインでCOP25が開催されていました。この会合では、温室効果ガス排出削減目標(いわゆる野心)の引き上げを約束する強いメッセージを発することができるかどうかが焦点でした。それが十分にできないまま会議が15日に閉幕した直後に出されたこの判決は、国際的な政治交渉の緩みに一撃を与えるとともに、オランダのみならず世界各国へ目標の引き上げや温暖化対策の強化を強く促す意義をもつともいえます。ここからも、オランダ最高裁の気候の危機を防止する使命感がうかがえます。

今や、グテーレス国連事務総長が「人類は気候変動との競争に負けつつある」述べているように、気候緊急事態です。今回のオランダ判決は人類の気候変動との闘いの分岐点として、歴史に残る判決となることでしょう。

オランダ最高裁判決が指摘する気候保護の責任は、世界中の国々に当てはまる普遍的な法理

原告のNGO「Urgenda」の法律顧問Dennis Van Bekel氏は、オランダの裁判所が指摘した「危険な気候変動から国民を保護するために、国は自国内の排出に相応の責任を負う」ということは普遍的な法理であり、日本を含む世界中の多くの国にも当てはまると指摘しています。

オランダのみならず、当然日本の人々(特に若い世代)にとっても、気候変動の悪影響は切迫した現実の脅威であり、人権侵害です。最新の調査報告では、2018年、気候変動リスクにさらされ、大きな被害をうけた国のランキングで日本は第1位に選出されました。現在、日本でも気候変動を止めるため、仙台、神戸、横須賀の石炭火力発電所運転差し止め訴訟が提起されています。オランダ最高裁判決の心髄が日本の石炭火力発電所新設にかかる訴訟などで活かされていくよう、私たちの取組が求められています。

参考文献・ウェブサイト

Urgendaウェブサイト「THE URGENDA CLIMATE CASE AGAINST THE DUTCH GOVERNMENT(オランダ政府に対するUrgendaの気候訴訟)」(英語)

オランダ最高裁ウェブサイト(2019)「オランダ最高裁判所判決全文(冒頭に判決要旨付き)」(英語)

環境省ウェブサイト「IPCC第4次評価報告書について」

環境省ウェブサイト「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)等について」

German Watch (2019)「Global Climate Risk Index 2020(世界気候リスクインデックス2020)」(英語)


判決紹介(判決文の要約及び全文の日本語仮訳を含む)

【判決紹介】オランダ最高裁 2019年12月20日 「危険な気候変動被害は人権侵害」 科学が要請する削減(2020年90年比25%削減)を政府に命じる(PDF: 38ページ)