京都事務所の伊与田です。

懸念が高まってきている気候工学(ジオエンジニアリング)についてこの機会に考えてみましょう。

気候工学(climate geoengineering)とは

気候工学とは、気候変動を緩和するため、気候や大気や海などの地球システムを大規模かつ人為的に操作することを指します。その代表的な手法は、下表にまとめた通りです。

分類 温室効果ガス(CO2等)の除去
Greenhouse Gas Removal (GGR), Carbon Dioxide Removal (CDR)
太陽放射管理
Solar Radiation Management (SRM)
概要 化石燃料の燃焼などによって排出された温室効果ガス(CO2等)を大気中から除去する。効果を発揮するには少なくとも数百年貯蔵されなければならない。 地球に到達する太陽光を減らす、地球の反射率を増やす等の方法によって、地球に出入りするエネルギーの流れを管理することで、熱量を下げる。海洋酸性化対策にはならない。
技術の例
  • 海洋肥沃化(OF: Ocean Fertilization)…海に鉄を散布することなどによって海中生物の光合成を促し、CO2吸収を進める。海洋生態系への影響が懸念される。
  • 炭素回収貯留(CCS: Carbon Capture and Storage)…化石燃料燃焼時に排出されるCO2を工学的に回収し、貯留する。回収したCO2を利用する炭素回収利用貯留(CCUS: Carbon Capture Use and Storage)という考え方も。多くのエネルギーとコストがかかる。海洋貯留の場合は海洋酸性化のリスクもある。
  • バイオCCS(BECCS: Bioenergy with Carbon Capture & Storage)…大気中のCO2を吸収する植物をエネルギー源として、その際に排出されるCO2を回収・貯留する(マイナス排出になる)。
  • 成層圏エアロゾル注入(SAI: Stratospheric Aerosol Injection)…成層圏にエアロゾル(硫酸の微粒子等)を散布することで寒冷化の効果を得る。他の気候工学の手法と比べると比較的費用が少なくて済むとの見解もあるが、継続的な実施が必要。SAIに温室効果ガスを減らす効果はないため、いったん開始したあとに何らかの理由で中断せざるをえなくなった場合、短期間で急激な気温上昇を招く恐れがある。
  • 海洋上の雲の白色化(MCB: Marine Cloud Brightening)…雲量を人為的に操作してより多くの太陽光を宇宙に反射し返すようにする。海水を海洋上の雲に向けて吹き上げる等の方法が提案されている。

出典:Geoengineering Monitor等より筆者作成

「ふつうの対策」だけでは止められない?

気候工学が議論されるようになったのは、省エネや再エネなどの「ふつうの対策」だけでは危険な温暖化を避けられない可能性があるから、とされます。

確かに、現在の各国の排出削減目標はパリ協定の1.5〜2℃目標に遠く足りず、このままでは気候危機は避けられないという現実は重く受け止める必要があります。

うまくいく見通しも立っていない

他方、気候工学がうまくいく見通しも立っていません。IPCC第5次評価報告書には「…提案されているジオエンジニアリング手法の全てにはリスクと副作用が伴う。SRMとCDRはともに科学的理解の水準が低いため、これ以上の結果はまだ予想できない。」とあります。

化石燃料を使い続ける口実?

さらに、気候工学の熱心な推進者は米国やサウジアラビアに多く、過去に地球温暖化の懐疑論を唱えてきた論者と重なる部分もあるとされ、「本当は化石燃料を使い続ける口実がほしいだけではないか」との不信感を招いています。

なお、日本国内では、経済産業省や環境省などが気候工学のひとつに分類されうるCCUSなどを推進しています(気候工学に含まない分類の考え方もあります)。政府は、このような技術のイノベーションによって将来の経済成長につなげたいとの思惑があるようです。

気候工学への批判

他方、研究者や環境NGOなどから、数多くの批判や懸念が提起されています。

第1に、そもそも実現不可能という指摘です。現時点では、気候工学は、実施できる段階にありませんし、そうなる見込みもたっていません。

第2に、地球・周辺の環境への悪影響です。気候工学によって、生態系や人類社会に悪影響を及ぼす可能性があります。特に、SAIは、将来的に何らかの理由で実施できなくなった場合、10〜20年という短期間に急激で破滅的な気温上昇を招くリスクがあります(終端問題と呼ばれます)。

第3に、民主的なガバナンスが困難という点です。ごく一部の先進国のごく一部の科学者や企業の手に地球の気候全体をコントロールしうる気候工学の実施を委ねてよいのか、仮に委ねるとしてもどうやるのか、という問題です。

第4に、費用の問題です。省エネや再エネは投資回収が見込まれますが、気候工学は持ち出しであって投資回収は不可能です。安価な手法もあるとの見解もありますが、比較対象や割引率次第で、一概に安価とは言えないとの指摘もあります。また、外部費用(気候工学の実施によって発生する環境への悪影響及びそれに起因する被害への対処の費用等)を考慮に入れれば、費用が想定よりも膨れ上がる恐れもあります。

第5に、国際平和への脅威です。天候パターンを改変できるようなある種の気候工学は兵器に転用されるリスクがあるとされています。この観点からは、研究を進めること自体にも問題があることになります。

気候工学をめぐる国際社会の対応

気候変動枠組条約(UNFCCC)のCOPのサイドイベントなどで気候工学のリスクについて議論されてきました。しかし、排出削減の具体策について各国の裁量に任せているUNFCCCのプロセスでは、現時点では気候工学の実施を奨励したり禁じたりする決定はありません。

他方、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10名古屋会議)は、科学的知見の不足などを理由に、海洋肥沃化を念頭に、気候工学の一時凍結(モラトリアム)を求める決定を出しています。

2019年3月にケニアで開催された国連環境総会(UNEA)でも気候工学に関する議論がありました。全く国際管理やルールのない状態で気候工学の実験が進められていることを問題視したスイスなど10ヶ国以上が、気候工学の科学的知見やリスク、不確実性等について評価し、国際管理のやり方について検討することを求める提案をしたのです。しかし、ガーディアンの報道によれば、日本、米国とサウジアラビア、その他の国々が反対し、合意が得られませんでした。

気候工学の議論にどう向き合うか?

気候工学の実施や研究には賛否両論あります。気候工学の研究に補助金を充てることや、実際の自然環境で実験することを禁止すべきという主張もあります。ギャンブルのような気候工学よりも、脱化石燃料と再エネ100%への転換という「ふつうの対策」にこそ限られた資源を割り当てるべきという考えもあります。

気候ネットワークを含む世界の気候変動NGOは、特効薬になる保障もなく、劇薬となるリスクが大きい気候工学には重大な懸念を持っています。他方、日本政府は、すでに商業運転されている再エネには抑制的である一方、リスクの大きい未知の技術には積極的です。危険な賭け事よりも、堅実な再エネにこそ税金を使って支援すべきではないでしょうか。

手段に過ぎないはずの技術が目的化し、逆に技術のために人々が犠牲になる…そのような光景は、私たちは原発問題ですでに目にしてきたのではないでしょうか。

 

参考文献・ウェブサイト

IPCC第5次評価報告書第1作業部会 よくある質問と回答「FAQ7.3  ジオエンジニアリングは気候変動に対抗できるか?副作用はどうなのか?」

ジオエンジニアリング・モニター

江守正多『異常気象と人類の選択』角川SSC新書、2013年

杉山昌広『気候工学入門 新たな温暖化対策ジオエンジニアリング』日刊工業新聞社、2011年